淡路島殺害事件のその後

週刊朝日にこのような記事が載っていた。

 

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以下引用:http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20150731-00000001-sasahi-soci

 

淡路島殺害事件の被害者遺族が怒りの告発「両親を見殺しにした兵庫県警」〈週刊朝日〉

 

兵庫・淡路島の静かな集落でH容疑者(40)が突然、刃物で近隣の住民5人を次々と惨殺したあの悪夢から約5カ月。その犠牲となった平野毅さん(享年82)と恒子さん(同79)夫妻の娘、Aさんが今までの沈黙を破り、「兵庫県警に見殺しにされた」と本誌に訴えた。ジャーナリストの今西憲之と本誌取材班がレポートする。

 

3月2日、洲本署に何度も言われたので、洲本市役所に出向く。人権推進課から、弁護士の無料相談を紹介され、洲本署生活安全課にも連絡を取ってくれた。翌3日、親族たちは相次いで生活安全課の担当者を訪ねた。メモによれば、 ≪ネットの写真の削除方法の説明を受けた≫≪Hの生活状況を3月5日、6日にHの父親に連絡して洲本署で聞き取りして報告≫≪事件化について相談した≫

 

Aさんはこう振り返る。

 

「これまで警察に何度も相談をしたが、ゼロ回答だった。市役所から洲本署の担当者につないでもらって、具体的に動いてくれる。正直、これで助かったと思いました」

 

だが、約束の3月5日、そして6日になっても洲本署生活安全課からの回答はなかった。そして9日朝に悪夢が現実となる。

 

「事件当日、私たちが自宅に駆けつけても警察は状況を説明しなかった。仕方なくインターネットで速報を見ると、毅、恒子とも死亡したというニュースがすでに流れていた。警察は何をしているのかと怒りでいっぱいでした」

 

そして、日付が10日に変わった深夜。洲本署の副署長ら3人が姿を見せた。

 

「パトロールを強化し、3月5~6日にH容疑者の父親と会って、私たちに報告するはずだった、と問い詰めると、『H容疑者の父とは会ってない。話もできていなかった』と言われました。3月3日以降、パトロールに来たというが、声などもかけてこず、本当に来ていたのかわかりません。アホらしくなり、帰りました」(Aさん)

 

それ以降は、弁護士を通じ、洲本署と事件対応の疑問点のやり取りをした。

 

6月12日付の村田久美署長名で寄せられた回答は、

 

≪健康福祉事務所(兵庫県所管の保健所)から「関係者は自傷他害の恐れはない」旨連絡を受けていた≫≪危険性、切迫性など健康福祉事務所に通報すべき必要は認められない≫

 

だが、精神保健福祉法23条では、警察官は異常な挙動や周囲の事情から判断して、自身や他人を精神障害のために傷つける可能性があるときは、保健所長を経て都道府県知事に通報しなければならないとされている。

 

もし、警察が通報していれば、医師の診断で措置入院させることができた可能性があった。実際、H容疑者は措置入院させられた過去がある。

 

兵庫県障害福祉課に洲本署からの通報の有無を確認すると、こう回答した。

 

「警察から通報があったのは、05年9月と10年12月の2回だけです。それ以降も、県はH容疑者の家族から相談を受けていたので、必要に応じ、警察と情報共有はしていた。最後にH容疑者の家族から『息子の具合がよくない』と相談があったのは14年10月。『何かあったらよろしくお願いします』と明石署、洲本署に情報提供したが、それ以降、やり取りをしていない」

 

兵庫県警県民広報課は本誌の取材に対し、事件前のH容疑者には「刃物所持や暴力などの危険性、切迫性は認められなかった」と、Aさんへの説明とほぼ同様の主張を繰り返した。また、「3月5日、6日に回答するとは発言していません」と、Aさんとの「約束」を否定した。

 

精神科医の片田珠美氏はこう疑問を呈する。

 

「今回の場合は、警察が23条通報して措置入院させるべきだった。H容疑者の両親、近所の方々も警察などに相談。話の内容や相談の回数から自傷他害の恐れがあるとわかる。しかもH容疑者自身も服薬を拒否していたのであれば、病院に強制的に連れていくなど、対応しなければいけません。妄想が再燃する可能性がきわめて高いからです。警察がきちんと対応しなかったことが、事件につながったのではないか」

 

H容疑者のようなケースでは、病気という自覚がない場合も多いという。

 

「妄想が激しくなると、それを家族や周囲に否定されて、攻撃的になることがあります。自分が迫害されているように感じるので、家族、周囲で対応するには限界があります。やはり警察が動くべきだったと思いますね」(片田氏)

 

Aさんはこう訴える。

 

「いい加減な対応をされ、怒りでいっぱいです。悔しくてたまらない。両親は警察がちゃんと対応してくれたら死なずに済みました」

 

(今西憲之、本誌取材班=牧野めぐみ、小泉耕平) ※週刊朝日 2015年8月7日号より抜粋

 

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この事件に関しては、俺もその後の報道を注視していたのだが、

この記事では、精神障害者を医療につなげることが、まるで警察の役割のように読めてしまう。

 

たいへんなミスリードである。

 

以下に、H容疑者が起こした事件までの経緯を述べるが、

これらは、事件当時から今までになされた報道による。

 

まずこのH容疑者の両親は、10年前から洲本市や明石市の

健康福祉事務所(保健所)に、何度も相談をしていた。

 

2005年には洲本市健康福祉事務所の紹介で淡路市内の病院に入院し、

2010年12月には、緊急処置として明石市内の病院に措置入院している。

この病院には、2013年10月までの間に、1~2ヶ月の入院を計3回繰り返し、

2014年7月まで、通院治療を受けていた。

 

この間、明石市健康福祉事務所や市は、

定期的に本人と面談をするなどして、様子をみていた。

 

2014年10月には、息子の状態を心配した母親が、

洲本市健康福祉事務所に相談に訪れている。

この件については、健康福祉事務所から洲本署にも連絡が行き、

不測の事態に備えての連携がとれていたという。

 

そして10月から2015年1月頃までの間に、

H容疑者は明石市から実家のある洲本市に戻った。

奇声を発したり、ネット上に妄想による投稿を行ったりと、

再び、近隣住民とのトラブルを起こすようになる。

 

この経緯から分かるように、

H容疑者は精神障害者として精神科病院に入通院歴があった。

となると、この問題の主管行政機関は、保健所(健康福祉事務所)や精神保健福祉センターである。

 

そして、自傷他害の恐れのある精神障害者を強制入院させるには、

都道府県知事の権限と責任における措置入院がある。

 

措置入院に至るには、精神保健指定医による措置診察が行われる必要がある。

措置診察は、精神保健福祉法第22条から第26条の3までの規定による通報等により開始される。

 

ちなみに、第22条は一般人からの書面による申請、第23条は警察官の通報、

第24条は検察官の通報、第25条は保護観察所長の通報、

第26条は矯正施設長の通報、第26条の2は精神科病院管理者の届出、

第26条の3は医療観察法の通院処遇者に関する通報である。

 

つまり、「精神疾患の疑いがあり、自傷他害の恐れがある」対象者がいた場合、

我々一般市民にも、第22条の一般申請をする権利があるのだ。

 

もちろんこれは、申請者が、対象者の精神疾患の有無を判断するものではない。

まず措置診察を行うかどうかを決めるのは、主管行政機関である保健所だ。

なお、第27条には、このように書かれている。

 

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(申請等に基づき行われる指定医の診察等)

第二十七条  都道府県知事は、第二十二条から前条までの規定による申請、通報又は届出のあつた者について調査の上必要があると認めるときは、その指定する指定医をして診察をさせなければならない。

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これで分かってもらえると思うが、引用した記事の中に、

「(警察が)病院に強制的に連れていくなど、対応しなければいけません」

というコメントがあるが、そのような権限は警察にはない。

 

警察官通報(第23条通報)における警察官の役割は、あくまでも、

「最寄りの保健所長を経て都道府県知事に通報」することである。

 

むしろ記事中のコメントにあるような、

「強制的に連れていく」権限があるのは、保健所なのだ。

それは、精神保健福祉法にも明記してある。

 

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(都道府県知事による入院措置)

第二十九条の二の二  都道府県知事は、第二十九条第一項又は前条第一項の規定による入院措置を採ろうとする精神障害者を、当該入院措置に係る病院に移送しなければならない。

 都道府県知事は、前項の規定により移送を行う場合においては、当該精神障害者に対し、当該移送を行う旨その他厚生労働省令で定める事項を書面で知らせなければならない。

 都道府県知事は、第一項の規定による移送を行うに当たつては、当該精神障害者を診察した指定医が必要と認めたときは、その者の医療又は保護に欠くことのできない限度において、厚生労働大臣があらかじめ社会保障審議会の意見を聴いて定める行動の制限を行うことができる。

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なお、措置入院に至らない(医療保護入院)の場合でも

本来は、保健所が移送を行うことが、条文には明記されている。

 

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(医療保護入院のための移送)

第三十四条 都道府県知事は、その指定する指定医による診察の結果、精神障害者であり、かつ、直ちに入院させなければその者の医療及び保護を図る上で著しく支障がある者であって当該精神障害のために第22条の3の規定による入院が行われる状態にないと判定されたものにつき、保護者の同意があるときは、本人の同意がなくてもその者を第33条第1項の規定による入院をさせるため第33条第2項の規定による入院をさせるため第33条の4第1項に規定する精神病院に移送することができる。

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後半が少し分かりにくいかもしれないが、つまりは、

対象者をただちに入院させなければ、自傷他害の事態に至るような場合で、

入院について本人の同意が得られないときに、保護者の同意があれば、

都道府県知事の責任で(実際には都道府県職員※主に保健所職員が)

精神科病院に移送することができる、というものである。

 

措置入院は、対象者本人および対象者家族の同意を必要としない強制入院であるため、
適用は必然的にハードルが高くなる。

 

俺の事務所にも、精神疾患の疑いのある対象者との近隣トラブルの相談は多いが、

この一般申請の話をすると、

「保健所に相談に行ったが、一般申請という制度があるなんて教えてもらえなかった」

と言われることがほとんどだ。

 

俺がある案件で、「一般申請をしたい」と窓口に行ったときには、

時間がかかりますから、とかなんとか言われて、申請用紙すらもらえなかった。

 

そして、「何かあったら110番通報を」と、警察に対応を投げる。

 

しかし警察が動けるのは、実際に事件や事故が起きてからである。

警察官通報(第23条通報)についても、あくまでも「自傷他害の恐れ」がある場合に限られるため、

警察官が到着しても暴れ倒しているような、よほどのレベルでないと、

警察官も通報を躊躇してしまう。

 

このような現実がありながら、保健所が「何かあったら110番通報を」と言うのは、

「事件が起きるのを待て」と言っているようなものなのだ。

 

この対応では、一般市民からみたら「精神障害者は凶行な犯罪者であるから、

犯罪を取り締まる主管行政である警察に、相談に行きなさい」

と言われているようにも感じるだろう。

 

精神障害者に対する、偏見や差別につながる恐れさえある。

 

とくにH容疑者の場合は、それまでに精神科病院への入通院歴もあり、

明石市から洲本市へ転居する前までは、

明石健康福祉事務所(保健所)や市から本人への働きかけ(面談等)もあった。

 

健康福祉事務所(保健所)が積極的に介入できるだけの根拠は、

すでにあったのだから、健康福祉事務所(保健所)こそが主体となって、

H容疑者の見守りを継続すべきであった。

そして、容体が悪くなっていたのであれば、速やかに医療につなげるべきであった。

 

今回引用した記事では、現役の精神科医までが、精神保健福祉法の法解釈を誤っている。

この事実が、現行の法律の形骸化を物語っているように思う。

 

被害者となった家族の無念を晴らすためにできること、

そして今後このような事件が起こらないためにすべきことは、

一般の方々に、正しく精神保健の制度を知ってもらうことであり、

また、主管行政機関である保健所が、精神保健福祉法に則り、

対象者を医療につなげられる社会にすることではないか。

 

なお、この事件を受け、兵庫県はこれまでの対応を検討し

今後の医療体制を考える「県精神保健医療体制検討委員会」を設置している。

5月28日には初会合が行われ、年内にも報告書をまとめる予定だという。

 

それにしても、H容疑者は精神鑑定が行われている最中である(8 月31日までの予定)。

かつ、兵庫県が医療体制における検証を行っている経過の中で、

権威と実績のある週刊誌がこういった記事を掲載するのは、

どのような意図に基づいたものなのか、はなはだ疑問を持たざるをえない。

 

誠に僭越ながら「俺の著書を読んでくれ」と、申し上げたい気分である。

 

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