ヤバい事務所
俺の事務所は、昭和54年建造、耐震対策「オールzero~♪」の賃貸雑居ビルにある。
明治通りを挟んで向こうは歌舞伎町。
おかげで年がら年中、パトカーと救急車のサイレンが聞こえてくる。
18年前に入居した当時はそうでもなかったんだけど、
最近はホストが集団で住んでいたり、中国語で喧嘩する声が聞こえたり、
妙ちきりんなアロマの匂いが廊下に漂っていたり……
いい感じにでたらめな雑居ビルに育ってきた。
部屋の改修工事のときなんかに、エレベーター内の壁に緩衝材が張り巡らされることがあるだろ?
そうすると次の日にはもう、そのプラスチック製の緩衝材に、
「マンコ」「チンコ」「ウンコ」といったイタズラ書きや、性器の絵なんかが書かれている。
鍵とか硬貨を使って、傷をつけるようにして書いてるんだな。
人間臭いエレベーターに生まれ変わったなあ! と俺は思う。
そしてそういうときに限って、ホストがエレベーターの中でゲロを吐いたりする。
非常に人間臭い行為だな。
この雑居ビルは、昼間は管理人が常駐しているし、清掃もゆき届いている。
防犯カメラもついているし、入口の掲示板には手書きで色々と注意事項が書かれたりなんかもして、
ちゃんと管理もされている。
だけど、入居している人間のクオリティーが、年々低下しているんだな。
俺も含めて。
俺のところに来る相談者は、こんな怪しい立地にある雑居ビルの、
怪しいイタズラ書きだらけのエレベーターに乗って、
最後に、一番怪しい俺に会うってわけだ。
嫌だと思うぜ~。
でも、違和感や恐怖を感じてでも、俺に相談に来なきゃならないくらい、
ヤバい問題を抱えているってことでもある。
それにこういう事務所だからこそ、
俺は相手に一瞬で伝わるくらいの気をはきながら、相談者と対面している。
「こいつは踏んできた場数が違うな」っていうところを見せないと、
それこそただの変な事務所、変な奴にしかならないからな。
相談者だって、こんなヤバい雰囲気の雑居ビルを前にしたら、
事の重大さを実感せざるをえないだろうし、真剣にもなるだろ。
「なんかヤバいから相談に行くのはやめよう」という、ある意味、究極の選択だってできる。
でもな、面白いぜ。
家族の問題っていうのは、つまり人間の問題だから、
金持ちか貧乏か、イケメン美人かブサイクか、そんな表面的なこととは関係なく、問題は起こる。
なのに、自分たちは金持ちだとか、エリートだとか思っている連中に限って、
俺のチープな事務所を値踏みするような目で見たり、
ハナっから俺を見下すような態度で話をするんだよな。
「おたくは何ができるの?」「どこまでやってくれるの?」「(値段は)いくらかかんの?」
「おたくに頼んで何かトラブルが起きたとき、責任をとってくれるの?」
なんて、いきなりスゲーことばっかり言ってくる。
俺や俺の事務所より、お品がないと思わないか?
だいたいこういう家族って、よその専門家や専門機関に対しても、
同じような態度で、同じようなことを言ってしまっている。
だからどの専門家や専門機関からも、「困った家族がきた」ということで、表面的にあしらわれている。
それで、いろんなところに相談に行っているわりに、何一つ改善しないまま、事態が悪化しているんだ。
俺は彼らの話を聞くだけ聞いて、「そのやり方じゃダメだよ」
「このままじゃ誰もあなたたち家族を助けてくれないよ」って指摘するんだけど、
彼らはムッとした顔をして、そして帰って行く。
もう俺のところには頼んでこないな、と思うんだけど、
こういう家族に限って、一年くらい経って忘れた頃にまた相談にきて、
やっぱり俺に「あーだこーだ」言われて、ムッとして帰る。
また忘れたころに相談にきて……っていうのを5、6回繰り返して、
最初の相談から5年も6年も経った頃に、
「やっぱり押川さんにお願いするしかありません! 押川さんの言うとおりでした!」
とか言い出すんだよな。
その時にはもう、問題を起こしている張本人は、
いつ大事件を起こしてもおかしくないくらいの“激ヤバ”な状態になってる。
俺は、その張本人をなんとか助けなきゃと頑張るんだけど、
もう少し早い段階だったら、もっと違う選択肢ももてたのにな…と思うことばかりだ。
こういう家族に対策できるアイデアを、実は俺はいくつも持っている。
たとえば、高級感漂うテナントビルに事務所を構えて、高そうなインテリアを並べて、
若くてきれーなお姉ちゃんでも窓口に座らせておけば、
表面的な家族はそれだけで、大人しくなってペコペコしてくる。
だけど俺は、そんなやり方はインチキだと思うし、
俺がそんな事務所に座ってたら、インチキの極みにしかならないだろう。
だいたい相談の内容はヤバいものばっかりなんだから、
あぶない雰囲気漂う雑居ビルの今の事務所が、ちょうどいいと思うんだ。
遊び半分で相談にこられても困るしな。
俺も無理しなくていいし、なによりも人間臭くて、俺にとっては心地いいんだ。