厳しさこそリスペクト

先日、事務所の若いスタッフをうなり飛ばした。

 

「○日までに、『これで完璧だ!』という状態で、仕上げておくように」

という指示を出していた、ある仕事(資料作り)に関して、

中途半端な出来の物を持ってきたからだ。

 

そのうえ、作りかけの資料を俺に見せながら、

「この部分は、どうしますか?」「ここは、これで良いですか?」

と、逐一、聞いてくる。

 

俺は、プンプン丸になって、怒った。

 

「『お前に任せる』と言ったのに、なんだ、そのやり方は!!」

 

俺がそのスタッフに「任せる」と言ったのは、

その仕事が、そいつの能力で十分にできる物だったからだ。

最初から無理だと思うなら、「任せる」とは言わない。

 

仕上がった物を俺が確認して、修正させることはあるが、

まずは、本人が「完璧だ!」と思うところまでやり遂げる。

それが、今回、そいつに課せられた役割だったのだ。

 

大手企業ではどうだか知らないが、俺の事務所のように、

少数精鋭でチームを組んで仕事をしているところでは、

一人一人に、自分の持てる最大限の力を出してもらうようにしている。

 

そこには、「決断」や「覚悟」も含まれる。

命に関わる仕事である以上、そうでなければ困るのだ。

 

俺だって、自分の役割に対する覚悟はもっている。

たとえば俺が説得の現場で、何かあるたびにスタッフに

「どうする?」「ああする?」なんて聞いていたら、仕事にならねーだろ。

 

悩み抜いて出した答えであっても、相手に受け入れられなかったり、

間違いを指摘されたりすることもある。

俺も未だに、そういう場面に出くわす。

 

しかし、「選択」と「決断」の繰り返しこそが、

働く人間としての力を、少しずつ、つけてくれる。

 

「どうすべきか」と悩むたびに、

安易に「誰かに聞いてみよう」というスタンスでは、

いつまでたっても、一人前にはなれないのだ。

 

そのようにスタッフを叱ったあとで、

どうしてそういう仕事の仕方をするのか、尋ねてみた。

 

そのスタッフは、数年前まで大手企業に勤めていた。

そこでは、何をするにも逐一、上司に相談して、仕事を進めていた。

上司から、「これどう思う?」と聞かれることも、頻回にあったそうだ。

 

自分で選択する、決断するなどという機会は、なかったという。

そんなことをしようものなら、独断プレーとみなされて、

かえってマイナス評価をつけられてしまう。

 

「なんだ、そのお友達ごっこは!!」と俺は思った。

 

そんなの『相談』でもなんでもなくて、

相手の顔色を伺っているだけだし、そうすることで、

責任やリスクをたらい回しにしているだけだ。

 

今は、何かあるとすぐに「ブラック」「パワハラ」と言われてしまうので、

部下に厳しいことを言ったり、叱ったりすることは、たしかにとても難しい。

 

だからといって、皆でお手々つないで、

なんでも相談しあって……では、仕事にならない。

 

厳しいことを言ったり、叱ったりすることは、

上の立場の人間の役目なのだ。

 

昔の話になるが、警備業をやっていた若いとき、

よく仕事をまわしてくれる建設業の社長がいた。

土木作業員だけでも三千人は派遣できる、まあまあの規模の会社だった。

 

あるとき、俺が自分の会社の従業員を叱っていると、

その社長がやってきて、俺に耳打ちした。

 

「押川ちゃん、従業員を叱っちゃダメだよ。

褒めておだてて、使わないと」

 

そのときは、社長の言っている意味が分からず、

俺は、社長の動きをよく見るようになった。

 

すると社長は、とにかく従業員を褒めまくり、おだてまくっていた。

怒ったり叱ったりすることは一切なく、

何かあるたびに、ご褒美と称して、金や物をあげてもいた。

 

そうすると確かに従業員は、社長に対しては感謝するし、

言うことも聞く。緊急仕事も休まずよく出てきていた。

 

いい職場だと思うだろうか?

 

しかし現実には、従業員はそれで満足してしまって、

能力がそれ以上、伸びることはなかった。

社長の「良いコマ」にはなれても、

一人の人間としての「仕事力」は、停滞する。

 

俺が社長にそう言うと、社長はニヤリと笑った。

 

「そうだよ。厳しいことを言ったり叱ったりしたら、

その人間が成長しちゃうでしょ。

成長して、どこかに引き抜かれたり独立されたりしたら、困るでしょ」

 

それだけではない。

厳しさのない現場では、事故も頻回に起きた。

生活がだらしなくなり、病気になる従業員も多かったが、

社長はそれすら織り込み済みだった。

病気になれば、自分に楯突くこともないからだ。

 

バブルの頃は、それでも仕事がまわっていたが

日本が経済破綻を迎えたあとは、数年のうちに、

社長の会社も乗っ取られてしまった。

 

社長は、「コマ」となる従業員はたくさん持てたが、

能力が停滞する以上、会社として仕事の質は上がらない。

それにそのやり方では、自分の右腕、後継者となる人材を、

育てることはできなかった。

 

俺は一連の流れを見てきて、

自分の仕事仲間には、厳しいことを言う人間になろう。

また逆に、言ってもらえる人間であろうと、固く決意した。

 

もちろん、自分の憂さ晴らしや八つ当たり、

責任逃れの厳しさではいけない。

 

俺も、厳しく指導し、?責する以上は、その何倍もの時間を、

相手の声に耳を傾けることに費やすようにしている。

 

自分の関わった相手には、仕事もそうだが、人間としても、

確固たる自信が持てる人間になってもらいたい。

独立でもなんでもしてくれ。

何なら世界に羽ばたくくらいになれ。

 

その過程では、正直言って、面倒くさい! と思うこともあるが、

それでも俺は、叱ることや厳しさこそが、人間を育てるし、

何よりも、相手に対する最大のリスペクトだと思っている。