藤重道治作品 『夢を信じる力 しずちゃんと梅津トレーナーの5年』

俺が藤重道治というディレクターに出会ったのは、9年前のことだ。

 

当時藤重は、俺の取材に来た別のディレクターの下で、

アシスタント的な雑用もこなしながら、カメラを回していた。

物静かで控えめで、ただ淡々と、しかし延々とカメラを回している。

そんな印象をもった。

 

それから縁あって、俺の特集を二本、彼が作ってくれた。

自然と行動を共にする機会も増え、

一緒に飯を食ったり酒を飲んだりするようにもなった。

 

この藤重という男は、俺の知る限りでは、“挫折”しかない人生を送っている。

 

学生時代は奨学金をもらいながらの苦学生だった。

就職活動の末、NHKだけが、あと少しで内定か?…というところまでいったのだが、

結局はうまくいかずに、その年の就職の道は断たれた。

 

藤重は一年浪人した翌年、日本テレビ子会社の、

日テレ映像センター(現アックスオン)に応募し、なんとか就職を決めた。

番組を作りたい一心だったと言う。

 

その後の下積み生活も、実に長い。

彼は、ひとへの気遣いはとても繊細だが、生真面目で馬鹿正直で、

お世辞の類はなに一つ言えない男である。

流行は一切追いかけないし、自分をアピールすることもない。

無駄口をたたかず、ひとの悪口も一切言わない。

金への執着もまるでないから、損得を考えて動くこともない。

ただし仕事へのこだわりは人一倍強く、自分が納得するまでやり続ける。

黙ってカメラを構え、レンズの向こうで、ものごとを深く深く考えている。

 

そんな男だから、会社の上の人間からは、どちらかといえば煙たがられていたようだ。

俺から見ても、彼の仕事のやり方は、ディレクターというよりは、アーティストに近い。

「撮って出し」みたいな報道の世界では、やはり異質の存在だったのかもしれない。

世間は全ての毒を藤重に喰らわせているのか?

というくらい、長いこと不遇の時代を過ごしていた。

 

だがこの藤重、いつ会っても、酒だけは本当に美味しそうに飲む。

 

新宿ゴールデン街が死ぬほど好きで、

ゴールデン街で彼のことを知らない人はいないだろう。

酔っても愚痴や弱音を吐いたりしないし、

どれだけ飲んでも悪酔いすることもなく、

朝焼けの空の下、にこにこと手を振って帰ってゆく。

 

藤重が酒を飲む姿は、

あまたの苦境を自分自身の中に取り込んでいるみたいだった。

毒をもって毒で制す、ではないけれど、

酒を飲んで、すべてを地道に乗り越えているみたいに、俺には見えた。

 

決してぶれない。

人間として、言葉は悪いがキチガイなのだ。最上級の。

 

俺は藤重を見て思うことがある。

「汚い水を飲んでもきれいなしょんべんを出す男」

 

 

さて、そんな藤重の紹介で、俺は梅津さんと出会った。

もう、8年前のことである。

俺と梅津さんは年が同じということもあって、すぐに意気投合した。

しばらくは、藤重と梅津さんに誘われて、よく一緒に飲み歩いた。

 

当時の梅津さんは、米倉ジムでトレーナーをやり、

同時に映画やドラマのファイトシーンの演技指導を手がけていた。

梅津さんはあの頃、ボクシングのトレーナーよりも、

映画やドラマの世界に自分の能力をかけて行きたいという思いが強かったようだ。

 

俺に対しても「押川さんはすごいですよね」と言ってくれることがあった。

藤重が作ってくれた特集も含めて、

ちょうど俺の仕事が何度もメディアに取り上げられている時期だったので、

そう思ったのかもしれない。

 

そんな梅津さんに「梅津さんの生きる道は、ボクシングのトレーナーですよ」と、

控えめながらも言い続けていたのが、藤重である。

 

藤重の言うとおり、梅津さんはボクシングを愛していた。

「ボクシングには道を誤った人間を、立ち直らせる力がある」

と言って、俺が立ちあげた本気塾の塾生の更生にも協力してくれたような人だ。

 

だからこそ、藤重の「梅津さんの生きる道は、ボクシングのトレーナーですよ」

という言葉は、はたで聞いていた俺の魂にも響いた。

 

その後、梅津さんはしずちゃんと出会い、

しずちゃんのトレーナーとして、自身の人生にも大輪の花を咲かせた。

藤重の、あの言葉があったからこそ、そうなれたのだと思う。

 

そして、それを最後の瞬間まで淡々と記録していたのが、藤重だ。

その記録が今夜、放映される。

 

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NHK総合1ch 11月29日(金)24時10分~59分

『夢を信じる力~しずちゃんと梅津トレーナーの5年』

http://www4.nhk.or.jp/P2952/

 

藤重の取材はいつも自腹である。

企画ありきの取材はしない。

ふだんは口数の少ない藤重だけれども、

「相手を信じる」という言葉を、たびたび口にする。

 

梅津トレーナーを信じ、その夢を信じたのは、

実は藤重道治、彼自身ではなかっただろうか。

 

実際に藤重は、梅津さんの仕事がうまくいっていない時や、

お金がない時にも、ずっと傍で支えていた。

それは病気で苦しんでいるときも同じだった。

 

だからこそ梅津さんも、人生の記録を、彼に託したのだ。

 

番組のタイトルを見て、

「信じる力」これこそが藤重の人生哲学だと、俺は思った。

 

藤重にとっては、過去に一度はフラれた?NHKである。

そのNHK総合で、藤重の作品が放送されるのだ。

過去にBSで放送された藤重作品が、NHK総合で再放送されたことはあったが、

今日はまさに正真正銘の、藤重のNHKデビュー戦だ。

藤重のゴングが鳴る!

 

俺は今夜、梅津さんを偲びながら、

藤重の戦いを、ゆっくりと観たいと思っている。

 

 

以下は藤重本人がFBで書いていたものです。

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つくったドキュメンタリーが今夜放送されますのでお時間あればご覧ください!

 

ボクシングトレーナーと教え子の5年に渡る物語です。

 

撮り始めた時、ボクシングを知らない僕は、なぜそこまで厳しく教えるのか、

そしてなぜ教え子は泣きながらもついていくのか不思議でしたが、やがて理由が

わかってきました。

 

ボクシングは、そうしなければ負けて、時にケガまで負うのです。

その覚悟がないと、二人とも夢を最初から棄てているのと同じことになるのです。

 

二人は勝利を信じてひたむきに練習しますが、志し半ばでトレーナーが癌を発病、

若いため急速に進行します。それでも、トレーナーは教え子に最期まで変わらず、

心血を注いで厳しく指導し続けます。たとえホスピスの中でも…。

 

トレーナーが友人で、先がどうなるかまったくわからぬうちに撮り始め、

企画も通っていないのに仕事の合間を縫って撮り重ねた記録です。

その友人が、まさかこうなるとは思いませんでしたが、変わらぬ本気の師弟関係を、

僕も覚悟を決めて変わらず本気で記録する以外にありませんでした。

 

番組としては、音楽が少ないため、

ある意味地味で淡々としている印象を持つかも知れません。

ナレーションも必要最低限しか入ってません…息詰まる場面が多くて、

なかなか入れられなかったからで、そのぶん、中味は濃いと信じます。

ナレーターの抑えた温もりある表現力もよいです。

 

シンデレラタイムを越えた時間帯ですが、よろしければご覧ください。

 

NHK総合1ch 11月29日(金)24時10分~59分

『夢を信じる力~しずちゃんと梅津トレーナーの5年』

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その他

Posted by 押川剛