二丁目で叱られる夜

「あんたは本業(精神保健)で仕事をしているときは調子がいいけど、それ以外のことをやっているときは、てんでダメ!!」

この間、心の師である二丁目のママに、しこたま叱られた。

ようするに、依頼主と信頼関係のもと契約を結んでやっている、俺の本業(精神保健)では良い仕事ができているのだが、たとえば誰かの紹介など、成り行きで関わりを持つようになった相手と何かをしようとしたときには、必ず痛い目に遭っている…というのである。

ママの言うことはまったくその通りで、俺は小さくなるしかなかった。おそらく誰に対しても100%で接してしまう、俺の姿勢に問題があるのだろう。

 

よくよく振り返って考えてみれば、正式な依頼もなく、なし崩し的に問題(トラブル)を丸ごと持ち込まれ、金も払ってもらえなかった例というのはいくつもあるが、そのほとんどが、問題を解決しようとするほど、怪しい事実が出てきて、結局は“犯罪”という事実だけが残った。そんなパターンばかりだった。

公に言えない何かがあるからこそ、ひとは俺に助けを求めるのだ。それがメンタルヘルスの領域ならば、俺は力を貸すことができるが、犯罪は、警察の領域である。俺の仕事にはなりえず、隠れ蓑に利用されるだけだ。

「“お互いさま”なんていう概念、今の世の中には、ないんだからね!」とは、これもまた、ママの言葉である。

今や“お互いさま”なんてどこ吹く風、ひとからいくら貰っても、奪っても満足しない輩が、増えているというのだ。ちょっと気を抜こうものなら、ケツの毛までむしられて終わりだ。

困ったときに助け合えて、互いを理解しリスペクトしあえる。そんな“お互いさま”な相手には、めったにお目にかかれない。めったにお目にかかれないからこそ、ありがたい存在とも言える。

ほかにもママはいろいろ、いいことを言っていたので、俺は一生懸命メモをとっていたのだが、途中で「メモなんかとってんじゃないわよ!」と怒られてしまった。ママは怒ると怖いのだ。

俺ももっと“人間”についての考察を深め、スペシャリストとしての対応を身につけていかねばならない。そんなことを思った、二丁目の夜だった。