名古屋 車暴走殺人未遂事件②

昨日の記事の続きである。

 

俺がこの仕事を始めたばかりの頃、移送の対象となるのは、

学術書に出てくるような典型的な症状を呈している、

統合失調症や重度のうつ病を患った方がほとんどだった。

 

しかし十年くらい前から、

薬物依存症やパーソナリティ障害を対象者とする相談が増え、

業務も移送だけでなく、病院確保や面会、自立支援などに拡大していった。

今ではそちらのほうが圧倒的多数を占めている。

 

パーソナリティ障害とは何か?という詳細については、

トキワ精神保健事務所のHPでも触れているので割愛するが、

俺のところの相談で多いのは、

・定職に就かず、ひきこもっている

・家族に対する暴力や暴言、金の無心などがある

・起訴はされていないが、窃盗や傷害、ストーカーなど犯罪行為を繰り返している

・入浴や食事をしないなど、日常生活が送れていない

・戸締まりや手洗いに執拗にこだわる、物音や他人の言動に敏感になるなど、精神的に不安定な面がある(「不安神経症」や「社会不安障害」などの診断名がついている場合もある)

といったケースである。

 

今回の名古屋の車暴走事件の容疑者にも、

重なる部分があるのではないだろうか。

報道から読み取る限りの推測だが、俺はそんなふうに感じている。

 

さて、俺は10年以上前から、

重大犯罪を起こしかねないパーソナリティ障害の患者を、

なんとか医療につなげようと、奮闘してきた。

 

しかし、精神科医療の現場は、

病識のない、非社会的行動をとるパーソナリティ障害の患者に対しては、

入院治療を拒否し続けている。

 

その理由は、

「入院しても治らない。改善の見込みがない」

「他の患者とトラブルを起こされては困る」

「当院の職員では対応できない」

「犯罪行為があるのだから、医療ではなく司法で」

「事件を起こしたら110番通報すればよい」

「知的レベルが高いため、入院させて『人権侵害』と訴えられても困る」

などである。

 

精神障害者保健福祉手帳の障害等級判定基準の中には、

パーソナリティ障害も含まれている。

ところが、家族が自宅療養の限界を迎えて入院治療を望んでも、

「治療困難」を理由に拒否されてしまうのだ。

 

では本当に治療の余地がないのかと言うと、

少数ではあるが、精神療法や認知行動療法などをもちい、

努力を重ねている医師、病院もあるのである。

 

そのなかのある医師はこう言った。

「犯罪は、どんな犠牲を払ってでも、止めなければならない」

 

今回の名古屋の事件に照らし合わせてみても、

あまりにも、重い言葉ではないだろうか。

 

このような事件が起きると、矛先は警察に向きがちだ。

「事件を防ぐことはできなかったのか?」というやつである。

 

だが俺からすると、現在、この手の問題に対して、

いざというときに24時間365日対応で駆けつけてくれるのは警察だけだ。

 

さらに近年は、増加する事件を受けて、

警察庁も法務省も、独自の対策を次々に打ち出している。

 

たとえばストーカー事件においても、その姿勢は明確だ。

警察庁は昨年の5月、ストーカー行為を繰り返す加害者に対して、

専門機関で治療を受けるよう促していく方針を決めた。

また昨年12月には、ストーカー対策専門チームも設置している。

http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/131206/crm13120619300022-n1.htm

 

法務省もまた然り、である。

明治41年に制定された「旧監獄法」に変わって、

平成19年には、「刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律」(刑事収容施設法)が施行され、

薬物事犯受刑者の依存症の治療や、性犯罪者の認知行動療法に基づく処遇、

釈放後の再犯防止対策などが開始されている。

 

また、服役中の職業訓練の充実、心を育むプログラム、

資格取得や採用面接を受けられるよう配慮するなど、

さまざまな取り組みにも着手している。

 

もちろん厚労省も、自殺予防やうつ病の早期治療、

最近では依存症対策にも積極的に取り組んでいるが、

処遇困難なケース(とくにパーソナリティ障害にまつわるケース)に関しては、

医療観察法関係の整備・運営にとどまっている。

結果的に「事件を起こすまで放置→司法で処罰」という流れでやり過ごしてきたことになる。

 

そのツケが今、事件や事故という形で、噴出しているのだ。

 

厚労省は昨年6月、精神保健福祉法を改正することにより、

患者を、地域や社会で受け入れていこうという方向性を指し示し、

「脱病院・脱施設」をうたってもいる。

 

厚労省では、アウトリーチ推進事業

【自らの意思では受診が困難な精神障害者や受療中断者、

長期入院のあとで退院した者、入退院を繰り返している精神障害者などの

地域生活定着のために、24時間365日の相談体制をとる】

を平成23年度から試行しているのだが、

http://www.mhlw.go.jp/bunya/shougaihoken/service/chiiki.html

 

実施はあくまでも各都道府県に任されており、

平成24年度は、24道府県(37機関)にとどまっている。

どちらかというと認知症治療に力を入れている精神科病院や

相談支援事業所で、実施されていると思われる。

 

しかし、このアウトリーチ推進事業を適切に行うためには、

とりわけ最先端の現場にいる保健所職員こそが、

「事件が起きたら110番を」と簡単に司法に振るのではなく、

対象者や家族とじっくり向き合うべきではないだろうか。

 

なぜなら、悩む家族が最初に門を叩く相談窓口は、

保健所や精神保健福祉センターであることが多数を占めるのだ。

保健所職員が対象者をスムースに医療につなげる働きをしてこそ、

医師や看護師、精神保健福祉士、作業療法士等によるアウトリーチにもつながる。

 

パーソナリティ障害に対する治療や対応が、一筋縄ではいかないことは、

俺も現場を知っているだけに、よく分かっているつもりだ。

 

しかし、保健所の職員も含め、専門家が最も難しい頂への挑戦を忘れてしまったら、

スキルはあがらないし、進化もしない。

社会も、俺たちの生活も、よくなることはないのである。