浮かれどきは危ないとき

長期入院をしていた患者さんほど、

そろそろ退院を……という話が出たとたんに、

急に浮き足だってしまって、他人の話に耳を傾けなくなる。

 

今まで制限のある生活を送っていたぶん、

「あれもしたい」「これもしたい」と、とめどなく欲求が出てきて、

結果的に、本人にとって良くない方向へ、

どんどん進んで行ってしまう。

 

この行動は、卒塾を控えた本気塾の塾生たちも同じだ。

 

そうやって、浮かれて焦って退院(卒塾)していった人間は、

あっという間に再入院となったり、再犯を犯したりした。

事件や事故に巻き込まれ、命の危険にさらされたひともいる。

俺はそういうのを、今までに嫌というほど見てきた。

 

だからこそ断言するが、こういうときほど、一歩一歩、

着実に歩を進めなければならないのだ。

 

退院や卒塾というのは、

これまで側にいて支えてくれたひとたちから、

離れることでもある。

自由と言えば聞こえはいいが、

欲求や渇望との闘いもまた、始まるのである。

 

だから俺はあえて、退院や卒塾を控えた人間にも、

厳しい負担や制限を課す。

 

たとえばこんなことがあった。

薬物乱用で入塾してきた女性が、

長年の本気塾生活を経て、晴れて一人暮らしをすることになった。

 

彼女は本気塾にいる間、音楽、化粧、酒、異性との交際など、

薬物を連想させるようなものはすべて断ち切っていた。

(これは、本気塾のルールでもある)

 

しかし化粧へのこだわりは強く、

入塾当初は、その辺のゴミ箱を漁ってまで、

化粧道具を手に入れようとしたくらいだ。

 

そんな彼女が、卒塾を前にして、

「卒塾したら、化粧をしたいのですが、いいですか?」

と、たずねてきた。

 

俺はスタッフも呼んで、彼女と話をした。

けっこう長い時間、話し合った結果、彼女自ら、

「しばらくは化粧もしないし、化粧道具も買わない」

という結論を出した。

 

たぶんこれを読んでいる多くのひとが、

「化粧くらいいいじゃないか」と思うだろう。

たしかにそうなのだ。

犯罪でもないし。

 

でも俺やスタッフは何よりも、

「一人になっても、今までどおりの生活をする」

ということを重要視した。

それが、第一ステップなのだ。

 

彼女は今、一人暮らしを始めて数年が経つのだが、

この間ずっと、本気塾と同じような生活を継続してきた。

 

大きなトラブルや怪我、病気にも見舞われず、仕事も続いている。

 

俺はそんな彼女に、この間、こう伝えた。

「もう山盛り化粧していいぞ!」

 

第一ステップは修了してもいいだろうと、

俺もスタッフも、そして彼女自身も、自信がもてたからだ。

 

ここまで書いてきて、実はこれは、

一般のひとにも当てはまるな、と気づいた。

 

4月から一人暮らしをしたり、

故郷を離れたりするひとも多いだろう。

 

希望の学校や会社に入れることが決まって、

浮き足立っているひと、調子に乗っているひとも、

けっこういるのではないだろうか。

 

だがこういうときこそ、平常運転をこころがけていかないと

思わぬ事故や事件に巻き込まれるからな!

本当だぞ!!