相模原殺傷事件の責任は、地域の全一般市民にあるのが現状だ! 相模原障害者施設殺傷事件2

 

先日、無事、入院の説得のXデーを完遂できた。

今回も、関係各所、皆さんのおかげである。

 

相談を受けてから、視察・調査・病院確保等、ここに至るまで2か月を要した。

凄惨な事件をいつ犯してもおかしくない状況の対象者であった。

 

今後の入院治療に関しては、それを阻害するさまざまな問題が自ずと出てくる。

対象者への関与はこれからが、本番になる。

 

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さて、相模原障害者施設殺傷事件について、さまざまな報道がなされている。

 

予兆があったのに、なぜ防げなかったのか。

対応にあたった公的機関に対して、犯人捜しに躍起になっているようにも見える。

 

俺のところにも、そのような検証コメントを欲しがる複数のメディアから、

取材依頼が来ており、中には海外メディアからの問い合わせもある。

 

現場の最前線を20年見てきた俺は、

今回の事件の検証なぞ、0から100まで順序立てて説明できる。

 

また、今後の具体的対応策についての考えは、

「『子供を殺してください』という親たち」にきっちり書いたし、

それがダメならこの手もあるぞと、日々、考えを更新中である。

 

ちょうど昨年の7月には、TBS水トク!にて「THE 説得」が放映された。

あの番組は、この問題の「本質」を報道するのが難しい昨今において、

長期間にわたる丁寧な取材を行っていただき、

TBSの局員をはじめ、制作サイドの方々も真摯に勉強を重ねてくださった結果、

精神保健分野の現状・本質、また問題点を取り上げてもらうことができた。

 

しかし、今回の相模原障害者施設殺傷事件の報道ぶりや、

俺への取材依頼の内容を聞いている限り、

日本メディアよりも海外メディアのほうが、日本の現状に気づきはじめているし、

本質を真剣に知りたがっていると感じる。

 

今、日本のメディアが責任を追及しているのは、加害者はもちろんであるが、

それ以外の悪者……警察、医療機関、行政、加害者の家族などである。

 

つまり事件を防げなかった要因はどこにあるのか、

責任は誰にあるのか、ということだ。

 

この「責任は誰にあるのか!?」について、

手始めに、俺が皆さんに分かりやすく説明できることが一つある。

 

まず、現行の精神保健福祉法という法律上の本質を言ってしまうと、

実は、「誰にも落ち度がない」。

 

警察は、精神保健福祉法第23条(警察官通報)に則り、

相模原市の当該行政機関に通報した。

通報を受けた相模原市の当該行政機関は、医療機関につないだ。

 

医療機関は、措置入院というかたちで、本人の治療にあたった。

治療期間が短かったのでは? という指摘もあるが、

そもそも措置入院の期間は平均40日と短い。

 

では、退院後はどうか。

一部報道にもあるとおり、措置解除後の医療機関の義務や責任については、

厳密に定められているわけではない。

 

それは、行政機関も同じだ。

制度上は、「地域移行」として自治体が受け皿を準備することになっているが、

管理監督の義務、責任を負うような立場の役割はないのだ。

 

しかも報道からうかがい知るところによると、

今回の加害者の退院の条件は、「八王子市の両親と暮らすこと」と、

なっており、いったんは八王子の実家に戻っている。

 

つまり退院を機に、本人の管轄は、神奈川県から東京都に移ったことになる。

このように自治体をまたいでしまえば、初動で動いた相模原市にも、

本人の状況を把握することは、難しくなる(現行上では不可能に近い)。

 

では、監督しきれなかった家族が悪いのか?

当ブログの読者ならご存じのように、2014年の改正精神保健福祉法施行により、

保護者制度(病識のない精神障害者に治療を受けさせたり、

権利や財産を守ったりするために、おもに家族に課せられた努力義務のこと)が廃止された。

精神保健の部分に関しては、家族に管理監督の責任はないのである。

 

もちろん、「なんとかしなければ」という信念や良心のもと、

一生懸命、対応にあたっている医療機関や行政機関、家族、民間の施設などもある。

しかし、精神保健福祉法という法律上は、誰の責任を問うこともできない。

 

よって、メディアによる悪者探し・原因究明のあれこれは、

やはり、本質を捉えていないと言わざるをえない。

 

俺の現場脳で答えを言うと、今回の事件はまさに、

厚労省が推し進める「脱施設化」「地域移行」の、一つの究極の答えである。

 

誤解のないように述べておくが、精神障害者の多くは、

きちんと治療を受け、社会参加をしている。

よほどひどい妄想や幻覚の症状でもない限り、ひと様に危害を加えたりしない。

 

だがその一方で、病識がなく治療を拒み、

他害行為や違法行為、事件や事故を起こしかねない患者も、一定数いる。

 

そういったいわゆる危険で対応困難な患者と、

差別されるいわれのない一般的な精神障害者の方々がひとくくりにされ

丸ごと「地域移行」が謳われているのが現状だ。

 

もちろん海外でも「脱施設化」「地域移行」は進んでいるが、

精神障害者の退院後の状況チェックが、比較的厳しく行われている。

それに、その結末の一つとして、アメリカのような銃殺の問題もある。

 

対して日本は、「脱施設化」「地域移行」の全責任を負うべきは

現状ではその名のとおり、地域で暮らす、我々、一般市民となっている。

 

「共生」という以上、他害行為等を起こす危険性のある患者の対応も、

地域で暮らす一般市民が主体となって担ってください、ということだ。

 

その答えが、精神障害をもつ子供を親が殺す、子供に親が殺される、という親族間殺人であり、

佐世保女子高生殺害事件(佐世保の事件について)や、淡路5人殺害事件(兵庫・洲本市5人殺害

のように、第三者や近隣住民が犠牲になる事件である。

 

メディアはなぜか、今回の事件に関連づけて語ることをしないが、

これらはすべて、本質の問題点は同じところにある。

 

俺が皆さんに常々、「他人事ではない!」と言い続けている根拠も、ここにあるのだ!!

 

人権という名目のもと十把一絡げに、

一部ではあるが、他害行為を起こしかねない患者の存在に目をつぶっている。

 

さっそく「人権が絡むから難しい」などと言っている専門家もいるが、

難しいからと言って積極的な議論を避けていては、

「一般市民が責任を負う」という構図は、永遠に変わらないだろう。

 

今後も引き続き、微力ながら声を上げていきたい。