俺は何のスペシャリストか

俺が、他人さまより多少は優れていると自信をもっていえる能力は、

ヤバい現場にいって、説得によって問題を解決できる、ということだ。

 

ヤバい仕事ほど燃える人間は、一定数いる。

安定を求める訳でもなく、損得抜きでヤバそうな案件に進んで首を突っ込む。

俺はまさにそのタイプである。

 

ちなみに俺が言うヤバい現場とは、

「殺される」「死ぬ」など、命の危険にさらされている現場のことだ。

 

俺がこれまでに扱ってきた、ヤバさ100%のケースを以下に挙げる。

 

・子供が、親や家族を刃物で刺す、ゴルフクラブやダンベルで殴る

・子供が、親や家族の命を狙い、手始めに飼犬や飼猫を撲殺、絞殺、溺死などさせる

・子供が、億単位の金を使い果たし、あげく家族を家から追い出す

・子供がストーカーになり、元交際相手の命を狙っている

・(近隣住民の)暴言や暴力、ゴミ屋敷化による悪臭や火災の危険

 

思いつくままに書いたが、これはほんの一例である。

家族は、「もう本人を殺すしかない」「心中するしかない」とまで思いつめていて、

いろんな意味で、事件になるギリギリの手前だ。

近隣トラブルの場合には、周辺の住民は「転居するしかないのか」と嘆くが、

持ち家であればなおさら、そう簡単に転居もできない。

 

本人に、精神障害者として入通院歴があったり、

精神疾患をうたがうような言動があったりするから、

家族も近隣住民も、どう対応していいのか分からなくなっている。

 

こういう待ったなしの状況のところに入っていき、

説得というコミュニケーションを用い、

当事者と向き合うことで問題を解決する。

 

それこそが、俺の得意分野であり、

スペシャリストとして、能力を最大限に発揮できる現場でもある。

 

「押川がやらなくても、医療機関や保健所、警察など、専門機関があるじゃないか」

そう思う人もいるだろう。

 

しかし実際には、事件沙汰になりそうな危ないケースほど、

医療機関や保健所からは、

「警察に相談するか、万が一のときは110番通報してください」

と言われてしまうことがほとんどだ。

 

警察は、事件にならないと介入できない。

そもそも、民事不介入が大原則である。

本人の自傷他害行為を確認し、警察が身柄を保護しても、

精神科病院入院の判断を司るのは、本人と面談する保健所の職員や精神保健指定医である。

彼らが「医療に繋ぐ必要がない」と判断すれば、保護自体を解除せざるをえない。

 

そうなると、警察も忸怩たる思いで、「何かあったら110番通報を」と、

家族に伝えるのが精一杯なのである。

 

こうして、問題を抱える家族は、

「あちこちに相談に行っているにもかかわらず、

いっこうに専門家や専門機関につながることができない」

という状態に陥っている。

 

このような状態を、俺は「グレーゾーン」と呼んでいるのだが、

この「グレーゾーン」は、今後急激に拡大すると、俺は予測している。

 

なぜなら今年の6月に、精神保健福祉法が改正された(施行は来年の4月)からだ。

この法改正について、俺の立場からの見解は、トキワ精神保健事務所のHPで書いているので、

興味のある人は読んでみてほしい。

 

法改正によって派生する、制度の変更など詳細については、

現時点では、厚労省でも審議中だ(http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/0000031047.html)。

今後もしばらくは手探りの状態が続くだろう。

 

俺は、ゆくゆくはこの種の問題が、家族の手をはなれ、

地域住民、ひいては社会に委ねられていくようになるのではないかと予測している。

 

一見すると、社会が成熟した証のように思えるかもしれない。

だが一方で、誤解を恐れずに言えば、こういった問題を抱える当事者が、

なんのケアもされないまま、より一層社会に放り出される可能性もあるのだ。

 

今回の法改正により、「誰が主体となってこの問題を解決していくのか」

「どこに相談に行ったら解決できるのか」という肝心の答えは

ますますわかりにくく、曖昧なものになっている。

 

それこそが俺の言う「グレーゾーン」である。

 

俺は、この「グレーゾーン」を突破するために、

三つの使命を自らに課している。

 

・本人とその家族、または被害者を助ける、護る

・本人を専門家や専門機関につなげる

・現場で起きていること、実態を社会に伝える

 

そして、上記の全ての中心を司るのが「説得」なのだ。

 

こういう時代の流れの中にあるからこそ、

俺は一層、スペシャリストとしての能力を極めなければならないと思っているし、

そのための日々の研鑽は惜しまないつもりだ。