鋭い時代になった

おっさんくさい話題で恐縮だが、
俺の若かりし頃には、世界に携帯電話もパソコンもなかったので、
未だにふと、「鋭い時代になったもんだなあ!」と思ってしまうときがある。

 

たとえば仕事をするにしても、昔はどこかのんびりしているというか、

一つの結論を出すまでに、時間の猶予があったんだよな。

 

だけど今は、自己紹介も仕事のやりとりも、あらかじめメールで行われ、
直接会うときにはもう、反論や交渉の材料を持って相手が待ち構えている。

 

ネット上では、世界中で新しい知識や情報が秒単位で更新され、
過去の実績や栄光なんて、まったく通用しないのだ。

 

こういうシステムができあがったのも、
全世界で、皆が勉強するようになった結果だと俺は思っているが、
一瞬にして「メシが食えなくなる」要素もはらんでいる。

 

たとえば日本でも「資格を持っていても食えない」と嘆いている奴はいっぱいいるし、
大企業に勤めていたって、いつ立場が変わるか、皆、戦々恐々としている。

 

俺の年代は、とことん暗記世代なので、
権威ある人物から聞いた、見た情報を、上から目線で下の世代に伝え、
それで仕事をしたような気になっている奴らが多い。

 

古い知識や経験則、過去の栄光なんかにしがみつくのは、
自分の性格の悪さ、欲求の強さを露呈しているようなもので、
とても恥ずかしいことであると、自覚せねばなるまい。

 

組織に属するかフリーかとか、資格の有無に関係なく、
超・おもしろいか、超・オリジナルか、
超・行動力があるか、超・スーパーな人脈があるか
どれかをとことん追究して磨いていかないと、
通用しない時代になったのである!