野生のおサルさん③

子供のひきこもりや無職という問題を抱えて相談にくる親は、

「子供が自立できるように説得してほしい」と言うけれど、

これは、なかなか難しいことである。

 

子供の年齢が若ければまだしも、30~40代ともなれば

就職を決めること自体、狭き門になってくる。

職種や勤務体系にこだわらなければ、勤め先は見つかるが

余裕のある生活が送れるとは限らない。

 

病気が理由で働けないのであれば、障害年金や生活保護を受給するなど

福祉を利用して、生きていくことになる。

 

自立支援施設などへ入所するのか、アパートでの一人暮らしから始めるのか、

いずれにしても、生活レベルは下げなければならない。

 

子供のことでさんざん、悩んで苦しんできた親たちは、

もう今さら、「いいところに就職してほしい」とは言わない。

親が望む「自立」とは、すなわち

「親とは距離をおいて、自活していってほしい」ということだ。

 

しかしそれは、イコール「生活レベルを下げて生きる」

ということになるわけであって、親が築いた良い暮らしに慣れている子供に、

それを納得させるのは、至難のわざである。

 

本人に何かしらの精神疾患が見受けられる場合には、

精神科病院に入院することになるが、もちろん病院だって、

幻覚や妄想に対する治療(薬物療法)はしてくれても

「生活レベルを下げて生きろ」ということまでは、教えてくれない。

 

野生のサルやクマは、一度、人間の食べ物の味を覚えたら、

町まで下りてきたり、農作物を荒らしたりするようになるという。

 

人間だって同じで、幼少期から良い暮らしに慣れてしまえば、

生活レベルを落とすことは、容易ではないのだ。

 

親は親なりに、より良い暮らしを手に入れたい、

子供にもそれを享受させたいと、目標をもって頑張って働いてきた。

 

そして子供にも、やり方はさまざまだが、

「ハイレベルの生活ができる人間になれ」

というプレッシャーをかけて育てている。

 

良かれと思ってやっていることなのは分かるが、

現実にはそれが、思わぬ足かせになることも、あるのだ。

 

同じように、いったんラクな仕事に慣れてしまうと

きつい、厳しい仕事に立ち向かう気力は失われる。

 

これだけ物があふれ、飽食の時代である。

仕事だって、なんだかんだ言って選り好みできる。

野生のおサルさんにとっては、最高の環境といえる。

 

俺はこの「野生のおサルさん」について、

系統立てて考えるようになったのは最近だが、

若い頃から、漠然と気づいていたのかもしれない。

 

とにかく若い頃から、大多数が喜んでやるようなこと、

俺の時代だと、『暗記でいい大学にいって、大企業に就職する』というような、

お決まりのコースに乗る生き方では、

俺のおサルさんはなだめられない! と分かっていたのだ。

 

俺は、たしかに仕事を通じて危ない人間に会っているが、

実は、仕事以外の場所でも、やたらと危ない人間に遭遇してしまう。

事件や事故という面倒に巻き込まれたことも、多々ある。

 

俺をよく知るひとたちからは

「押川さんは、本当に引きがいいね」

と言われるくらいだ。

 

だけどそれは、俺の中にも危ないおサルさんがいる、

ということなんだと思っている。

 

だから大学生の時点で、皆が選ぶ安定した人生には乗らずに、

学校を中退して、肉体労働を始めた。

以来、ラクな仕事ときつい仕事があったら、必ずきつい方を選んできた。

それが俺なりの、おサルさんの鍛え方だったのだ。

 

今でも、現場に出るのをやめたり休んだりしまったら、

俺のおサルさんは、「もう、危ないことは、やりたくねー」

とか言い出すはずだ。

だから身体に鞭打ってでも、現場に出つづける。

 

俺がラッキーだったのは、お袋がちゃんと、

俺の中にいる「野生のおサルさん」を見抜いて、

指摘してくれたことだと思う。

 

ともするとすぐに調子に乗る俺に対して、

「上には上がいる」ということを、

いろんな例え話を持ち出しては、教えてくれた。

 

他人の評価を気にして、気どっていると、

「お前のことなんて、誰も見とらんぞぉ」

なんて、笑われたっけ。

 

それから、とにかく「ひと様のために生きろ」と言われた。

ひと様のために生きようとすると、きついことや辛いことのほうが多くなる。

でも、人生ってのはそういうもんだ、とよく言われたな。

 

こういうふうに育てられた俺からすると、

俺のところに相談にくる親たちが、子供にしてきた教育は、

私利私欲のためとしか、思えないのである。

 

「子供がやがて良い暮らしをするため」や「のちのちラクに生きるため」、

そして、「それに自分たち(親)が乗っかるため」に、

いい学校にいけ、大企業に就職しろ、資格をとれ、

と、なってしまっている。

 

そんな私利私欲にまみれた「夢」や「希望」を、

ガキの頃からお腹いっぱい食べつづけたおサルさんが、

どんなふうに凶暴化していくか。

 

読者の皆さんには、もはや言うまでもないだろう。