2014.俺のこころのグレーゾーン

目の前に溺れている人間がいれば、

誰でも、何とかして助けなければならないと思うだろう。

 

人間として、当たり前の感情だ。

 

しかし、これが家庭内、家族間となると、まったく通用しない。

とくに、精神疾患が疑われる病気の場合がそうだ。

 

食事は不規則、入浴もしない。ほとんど部屋から出てこず、ひきこもっている。

そういう生活を何年も放置することで、

身体疾患まで患っているようなケースが、あとを絶たない。

 

よくあるのは、歯がなくなるまで虫歯を放置したり、

不摂生による糖尿病などだ。

 

先日は、うちのスタッフが受けた、ある問い合わせで、

家族がこう言ったという。

 

「もう何年もひきこもっている子供が、

ずいぶん前から、足に怪我をしているみたいなんです。

なんで怪我したのかは、本人も言わないし、分かりません。

血が出ていて、布団や絨毯も膿だらけ、指がくっついているようにも見える。

でも、本人は病院に行きたがらないし……」

 

この間の事例ではないが、糖尿病の壊疽の可能性は? と聞けば

親も「そうかもしれません」と言っていたそうだ。

 

俺は不思議でならない。

まさに目の前で、子供が溺れているのに!!

 

親たちはいつも、「いろんなところに相談に行ったけど、誰も助けてくれない」

と嘆くが、命の危険があるなら引っ張ってでも、医者に連れて行けばよいのだ。

とくに親なら、なりふり構わず助けるのが当たり前じゃないのか?

 

専門家や専門機関、あるいは親戚一族や近所のひとだって、

これだけの事実を知れば、本人の命を助けるために、

医療につなげる手助けくらいしてくれるはずだ。

 

それができていないというのは、もしかすると

この家族に、嘘や世間体があるのではないかと、俺は疑う。

そもそも子供の命をないがしろにできる家庭だ。

 

ちなみに、この家族は、「移送業務は有料」と案内したとたんに

電話を切ってしまったそうだ。

 

俺は誰からも金銭的支援を受けていない、フル丸腰の民間人なので、

ギャラをもらわない限り、動くことはできない。

 

一方で、国から安定したギャラやボーナスを受け取り、

精神保健の分野に携わっている当該行政機関の人間〈専門家〉がいるのだ。

ついでに言えば、当該行政機関からギャラをもらっている嘱託医だっている。

 

経済的に厳しい家庭にこそ、こういった方面からの支援が必要なのだが、

現実的には、こうした問題を抱えて、命の危険にさらされている人間が、

少なくない割合で、いる。

 

これだけ本人の意思が尊重される時代に、

「命には代えられない」と介入できるのは家族でしかない。

第三者の、しかも民間人の俺にできることには、しょせん限界がある。

 

それは、俺自身が一番、よく分かっている。

 

だけど俺は、家族からギリギリの問い合わせを受けるたびに、

そしてさまざまな事情から、業務の依頼に至らないときに、

「この状況を知らぬフリでやり過ごすなんて、俺は人間としておかしいのではないか!?」

という、自分のこころの声が聞こえて、

悩んで悩んでしょうがない。

 

今はこれが、俺の最大のこころのグレーゾーンである。

 

すまない。