そもそもの話として… 「精神保健福祉法第34条(医療保護入院等のための移送)」
「搬送」から「移送」へ
説得による「精神障害者移送サービス」について、暴力的だ、違法行為だと騒いでいる人がいるので、「そもそもの話」をシリーズで説明していく。
そもそも「移送」は、精神保健福祉法に定められている。
以下はその条文である。
(医療保護入院等のための移送)
第三十四条 都道府県知事は、その指定する指定医による診察の結果、精神障害者であり、かつ、直ちに入院させなければその者の医療及び保護を図る上で著しく支障がある者であつて当該精神障害のために第二十条の規定による入院が行われる状態にないと判定されたものにつき、その家族等のうちいずれかの者の同意があるときは、本人の同意がなくてもその者を第三十三条第一項の規定による入院をさせるため第三十三条の七第一項に規定する精神科病院に移送することができる。
2 都道府県知事は、前項に規定する精神障害者の家族等がない場合又はその家族等の全員がその意思を表示することができない場合において、その者の居住地を管轄する市町村長の同意があるときは、本人の同意がなくてもその者を第三十三条第三項の規定による入院をさせるため第三十三条の七第一項に規定する精神科病院に移送することができる。
3 都道府県知事は、急速を要し、その者の家族等の同意を得ることができない場合において、その指定する指定医の診察の結果、その者が精神障害者であり、かつ、直ちに入院させなければその者の医療及び保護を図る上で著しく支障がある者であつて当該精神障害のために第二十条の規定による入院が行われる状態にないと判定されたときは、本人の同意がなくてもその者を第三十三条の七第一項の規定による入院をさせるため同項に規定する精神科病院に移送することができる。
4 第二十九条の二の二第二項及び第三項の規定は、前三項の規定による移送を行う場合について準用する。
ちなみにこの条文は、私が「精神障害者移送サービス」に着手した1996年にはまだ制定されていない。当時は、「移送」という言葉さえなく、病識のない精神障害者は、民間の警備会社やタクシー会社が強制拘束をして「搬送」するしかない状況だった。その実態を目の当たりにした私は、強制拘束を用いるのではなく、説得して医療につなげられないかと模索し、日本で初めて説得移送を創始。「精神障害者移送サービス」と名付けた。
患者さんの人権に関わることだからこそ、私は当初から事前に視察調査を行い、家族とともに保健所や医療機関にも相談に赴き、精神科での治療が必要であると判断された上で、移送をおこなっていた。そしてその初期の段階から、厚生省(当時)の役人が「勉強をさせてください」と言って事務所にやってきた。私は快く、その時点で確立していたノウハウを話し、「ヒアリング表や契約書を参考にしたい」と言うので、ひな形も渡した。
他方、民間会社による強制拘束移送の件数は増加しており、社会問題化したことを機に、1999年の精神保健福祉法改正により第34条が規定された。都道府県知事の責任において、医療保護入院のための移送を実施することになったのである。「搬送」に代わって「移送」という言葉が採用されたのも、この頃からである。
「精神保健福祉法第34条(医療保護入院のための移送)」とは?
ここで、「精神保健福祉法第34条(医療保護入院のための移送)」とはいったいどのようなものか、ご存じない方もいるだろうから、説明をしておく。以下は、厚労省による資料(「医療保護入院制度について」(H28年3月11日)P22)からの抜粋である。概要や制度創設の経緯などが非常に簡潔にまとめてあるので、ぜひ読んでみてほしい。
移送(入院)までの手続きの流れとしては、当該行政機関が「家族などによる相談」を受けると、「都道府県・指定都市による調査」をし、続いて「指定医の診察」をおこなう。そして、「医療保護入院又は応急入院相当との指定医の判断」に加え、「保護者の同意」が得られたところで、「都道府県・指定都市による移送」を実施、入院に至る。
手前味噌ながら、私のおこなってきた業務内容を踏襲している。
しかし第34条の移送制度は、創設当時よりさまざまな理由から十分な運用に至っていない。資料中にあるように、平成12年(2000年)の施行時から平成26年度(2014年度)までの14年間に全国でおこなわれた移送の件数は、わずか1,260件。平均して年間90件という数字は、あまりにも少ない。
なお、同資料には最近の件数も掲載されており(以下)、24年度87件、25年度66件、26年度84件となっている。(※福島県の移送件数が突出して多いのは、東日本大震災の原発事故の影響により地域の精神科病床が大幅に減少し、転院を余儀なくされたためである)
この件については、厚労省で定期的におこなわれる「これからの精神保健医療福祉のあり方に関する検討会」においても、たびたび議題に上がっている。
課題としては、事前調査が困難であること、指定医の確保の難しさ、応急入院指定病院が十分に整備されていないことなどが挙げられている。結果として、医療保護入院のための移送は、家族からの依頼により民間の会社が請け負うことが半ば公然化している。相模原障害者施設殺傷事件が起きる前までは、首都圏では保健所や医療機関が家族に民間の移送会社を紹介することが、ほぼ常態化していた。
移送が運用の難しい制度であることは確かだが、あり方検討会の議論においては、「医療保護入院のための移送を民間の移送会社が担っている現状は好ましくなく、行政が担うべきである」という主旨は一貫して主張されている。
日本は法治国家であり、精神保健福祉法においてそのように定められているのだから、当たり前の話である。
医療保護入院のための移送には、「説得」しかない
先に引用した表を再掲するが、赤丸で囲っているように、「家族等が説得の努力を尽くしても本人の理解が得られない場合に限り」と明記してある。「医療保護入院のための移送」は、措置入院まではいかないが、緊急に入院治療を必要としている人に対する制度だからこそ、厚労省も「対話」ではなく「説得」としているのである。
表には、「行動制限を行う場合がある」とも記されている。しかし私としては、「行動制限」(※強制拘束)ありきではなく、「説得」をして医療につなげることこそが、(医療保護入院が必要な状況にある)患者さんの人権を護る、唯一の方法だと考える。
にもかかわらず、適切に運用されていない理由としては、先にも述べたとおり、現場に赴く専門家がいない。とくに、精神保健指定医(精神科医)が、自宅に赴き診察をしなければ、移送にも結びつかない。これが、大きな壁となっている。
自宅に赴く医師や保健所職員の率直な心理として、患者さんの人権に配慮しつつ説得することの難しさはもちろんのこと、「怖い」という思いもあるはずだ。実際のところ、2016年の3月には、東京豊島区で、搬送業者(警備員の男性)が移送対象者から首を切られるという事件も起きている。
だからこそ私は、拙著『「子供を殺してください」という親たち (新潮文庫)』『子供の死を祈る親たち (新潮文庫)』において、専門家が説得のためのコミュニケーションスキルを高める必要性はもちろん、彼らの身体・生命を守ったうえで診察や移送をおこなうための提言(スペシャリスト集団の設立)もした。
このために必要な予算などについては、国民が理解を示すことも重要である。激増する親族間殺人・家族内事件の一因として、緊急に精神科での入院治療を必要としながらアクセスの手段がないという問題があることは、もはや疑いようのない事実だ。とくに現場に赴く精神保健指定医については、報酬面も含めきちんとした評価がなされるようにすべきだ。
以上のことから、医療保護入院のための移送は、精神保健福祉法において明確に定められている。問題は、「それが十分に執行されていないこと」にある。そして、法律・医療双方の専門家の多くがその事実に気づいていながら、長く改善されていない。これは、法治国家として異常なことだ。今年二月に、私が日本の司法や精神医療の最高権威者が集まる研究会にゲストとして招聘されたのも、その異常事態ゆえのことである。
たとえば警察には警察法、自衛隊には自衛隊法など、それぞれに法律が定められている。実行が難しいからといって、ましてや「危ないから」などの理由で、その法が執行されなくてもよいという道理はない。警察や自衛隊がそのようなことをすれば、メディアを筆頭に国民から総批難を浴びるだろう。
ここで冒頭の「そもそもの話」に戻るのだが、精神保健福祉法第34条(医療保護入院のための移送)が現在も条文として規定されている以上、「移送」そのものを批判するのはナンセンスである。斎藤さんの真意はおそらく「精神保健福祉法第34条を廃止せよ」というところにあるのだろうが、ならば堂々とそう主張すればいい。そしてそれを訴える先は、私ではなく、「国」(立法府)である。
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