家庭の中の欲求

 

20歳の男子大学生が父親を刺殺するという事件が起きた。

父親をナイフで刺した慶応大生「感情的になって刺した」

 

今年に入ってから今日までに俺がツイッターに挙げた親族間事件のうち、子供が親を殺害した事件は13件(うち3件は未遂)あった。そのうち加害者が20代なのは7件、10代が1件。いくらなんでも多すぎないか。

「胸ぐらつかまれたので…」義理の父をナイフで刺す、殺人未遂容疑で21歳息子を逮捕大阪
「母を刺し殺した」 交番に出頭の筆談男を逮捕へ 奈良県警
妻と息子が殴るなど暴行 夫が死亡
父をサバイバルナイフで刺し殺した疑いで逮捕 岡山
帰省中に母親を包丁で刺す 容疑で大学3年生の男を逮捕 大阪府警城東署
酒飲んで帰宅の22歳息子 母親を包丁で“刺す”
「両親のけんか止められず」高2が父親を刺殺

 

これらの事件については、動機も背景も分からないので正確なことは言えない。だが、家族間事件一歩手前のケースを幾多も見てきた俺としては、 “欲求”に突き進む家族が形成する家庭では、いつでも起こりうる凶行だと考える

 

外の世界では、当然のことながら、すべての欲求が叶うわけではない。しかし家庭の中や家族間においては、欲求を実現しやすい。ありがちなことで言えば、他人にはとてもできない(言えない)ことであっても、家族同士だと簡単に行動に移せる。法やルールを超えるようなことも、家族であればこそ、暗黙の了解として共有できてしまう。

 

外面や世間体を気にする家族ほど、家庭内が欲求の象徴と化すように思う。外で無理をしている反動が出るのだろう。このような親にとっては、子作りも己の欲求を自己実現するためのものでしかなく、子供を使って欲求の具現化を図ろうとする。挙げ句の果てに、欲求にまみれた己の生き方を、「嘘」で包んで子供に見せる。

 

そんな育てられ方をされた子供が、強烈な欲求の塊として育つのも当然である。

 

俺が携わった「親殺し一歩手前の家族」では、すでに20~30代となった子供が、鬱屈した親への怒りを抱き、暴力や暴言をぶつけながら、いっぽうで親を神格化しているケースも少なくなかった。親と子供の欲求が同じ方向を向き、互いに利用価値があるうちは、うまく共存ができる。

 

ただし、外に対しては家族ぐるみで偽りの姿を演じているため、家の中では、より真の姿=欲求があらわになる。それが負の方向に振り切れたときには、命が奪われるほどの刃傷沙汰も、簡単に起きる。

 

親はそう簡単には、生き方を変えられないし、変えない。だからこそ、生きづらさに気づいた子供が、親の嘘や矛盾によって隠された強欲さを、どこまで見極め、他山の石とできるか。子供が変わる(親と距離をとる)以外に、助かる道はない。

 

この国では家族信仰が未だ根強くある。生き方の選択肢が広がる一方で、個人主義や自己責任の考えが進み、“家族”に関してはむしろ閉鎖的になっている。『「子供を殺してください」という親たち』の本や漫画は、“どこにでもいる”家族のリアルをおおぴっらにするために書いた。ここらで真剣に、家族とは何か、何のために家族を持つのか、それぞれが考えるべきだ

 

頻発する事件を目の当たりにして、どうにもやるせない思いだ。

 

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