「告白したが言葉濁され」出頭の少年説明 予備校生刺殺

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(以下引用:朝日新聞デジタル 3月5日)

 

「告白したが言葉濁され」出頭の少年説明 予備校生刺殺

 

福岡市西区で予備校生の北川ひかるさん(19)が刺殺された事件で、同じ予備校に通う少年(19)が出頭時、「北川さんに告白したが、あいまいにされた」などと説明したことが捜査関係者への取材でわかった。福岡県警は、事件の背景に少年の一方的な恋愛感情があったとみて、4日、少年から任意で事情聴取を始めた。事件は5日で発生から1週間を迎える。

 

少年は両手に重傷を負い、病院に入院している。捜査関係者によると、病床では「明るくて眠れない」と、目元にタオルをかけて過ごすこともあるという。

 

少年は事件が発覚した直後の2月27日夜、近くの交番に出頭。その際に「事件前、北川さんに思いを伝えたが言葉を濁された」「ばかにされたと思った」などと説明したという。2人が交際していた形跡はなく、県警は、北川さんに好意を寄せた少年が思い通りにいかず、一方的に恨みを募らせた可能性が高いとみて、少年の回復を待って殺人容疑で逮捕する方針。

 

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福岡で起きた予備校生の殺人事件だが、

現場から、ナイフだけでなく斧まで見つかったこともあり

「動機」が何だったのか、俺も気になっていた。

 

報道によれば「好意をもっていた女性に振られたから」ということだが、

振られただけで相手を殺すなんて、正気の沙汰ではない。

 

もっと根深い何かがあるように思うが、

加害者が未成年と言うこともあり、この事件も、

肝心なところの真相は深追いされないのだろう。

 

情報の少ない中で、事件について明確に語ることはできないが、

俺のところに相談のある10代の案件を元に、

こういったケースについて、考えてみたい。

 

前置きとして言っておくと、

同じ「子どもの問題、家族の問題」であっても、

相談の内容、対象者の状態、家族関係や生育歴については、

年代によって、やはり違いがある。

 

その中で、今現在10代前後の少年に関する依頼(相談も含め)を見てみると

「いきなり刃物(凶器)を突きつける」というケースは、

決して珍しいものではないことが分かる。

 

家族は、本人に人格(性格)的な歪みがあると感じているが、

学校には通えたり、日常生活は送れたりしており、

「明らかな精神疾患」とはいえない。

 

暴力的な言動がある場合もあるが、

110番通報をしたり、被害届を出したりするレベルでもなく、

家族はただ「いつか起きるかもしれない事件」に怯えている。

 

そういう子供が、パッと凶器を持ち出し、家族や第三者を傷つける。

そこに、“ためらい”がないのだ。

 

今回の事件にしても、百歩譲って、加害者に

「振られてストーカー行為をしていた」という経緯があったならば、

まだ、理解もできる(もちろん、それならいいという話ではないが)。

 

そのような経緯があれば、本人や家族も助けを求められるし、

第三者も介入しやすい。

 

ところが、ストーカー行為のような、いわゆる「予兆」もすっとばし、

凶器を持ち出して、一気に第三者を傷つけている。

 

こういった十代を育てた親をみたとき、俺が顕著に感じるのは、

つねに感情的に子供に接しているということだ。

 

もちろん、親だって人間なんだから、感情的になることもある。

感情を押し殺して生きている親なんて、それはそれで気持ちが悪い。

 

ただし親が感情をあらわにするときには、

起承転結のある喜怒哀楽でなければならない。

 

俺もテレビなんかでは、感情的な言動を切り取られることが多いが、

実際には、事前の綿密なシミュレーションのもと、計算してやっている。

対象者や事務所の若い奴に対して、感情的に叱ることもあるが、

それは、人間の生死や、そいつ自身の人生がかかっているときに限られる。

 

我が子に関しても、同じことがいえるはずだ。

子供の命がかかっている、その後の人生を左右するような出来事のときに

親が喜怒哀楽を表現することは、正しい。

しかしそれは、親自身がコントロールできる状態で行われるべきだし、

私情や自己都合の感情をたれながしてはいけない。

 

俺がなぜこういうふうに感じるかというと、

今の10代の親世代は、だいたい40代、つまり俺と同世代だ。

 

本業もそうだし、他のいろんな業務を通じて

同世代の人間をみる機会があるが

すぐに感情的になるひとが、とても多い。

 

一つの仕事がなかなか上手くいかない、あるいはトラブルがあったときに、

どうすれば打破できるか? ということに頭を使うのではなく

すぐに「もういいです!」「やめればいいんでしょ!」と言う。

感情的になって、すべてをぶっ壊す行動に走るのだ。

 

こういう場面を俺は、それなりに大企業の会議などで、山ほど見てきた。

 

若い世代……会社で言えば20代、30代の部下たちは

このような光景をたびたび見せつけられている。

積み上げてきた仕事をぶちこわされ、やる気を奪われ、

ひどいときはうつ病になったり、

会社を辞めたりするところまで、追い込まれている。

 

仕事ならまだ、かろうじて逃げ道があるが、

家庭でこれをやったときには、子供に逃げ場はない。

“ためらい”もなくひとを傷つける子供が育つのも、当たり前である。

 

誰かの上に立ったり、ひとの親になったりする以上は、

感情をコントロールすることを、肝に銘じなければいけないのだ。

 

思い当たるような理由もなく命を奪われ、亡くなった少女の驚きを思うと、

いたたまれない。家族もさぞかし無念だろう。

被害者のご冥福をお祈りいたします。