精神保健福祉法はどこへいった!?

ある案件について、某県にある保健福祉事務所を訪れた。

家族から移送依頼を受けている対象者に、自傷他害の恐れがあるため、

移送当日、職員にも立ちあってもらえるよう、お願いするためだ。

 

過去の移送でも、自傷他害の恐れがあるようなケースでは、

保健所などの職員に立ちあいを求めてきた。

もちろん彼らが対象者を説得してくれるわけではないのだが、

万が一の可能性がぬぐい去れない以上、

公的機関の専門家に介入してもらうことが、

公平性を保つことになり、危機管理にもなる。

 

ところがこの保健福祉事務所で概要を説明したところ、職員は速攻で

「そういうことなら、110番通報して警察を呼んでください」と言った。

 

この県では、警察官通報(精神保健福祉法第23条)がなされれば、

「精神科救急情報センター」に連絡(通報)が入り、

措置診察の要否の決定が行われるからだ。

 

このように警察官通報から措置診察までの流れが一元化されたシステムがあるため、

役所の職員は、滅多なことがない限り、立ちあいや訪問はしないという。

だから、とにもかくにも「110番通報」をして警察を呼び、

警察官に第23条通報をしてもらってください、の一点張りなのだ。

 

しかし過去にたびたび書いてきたように

警察官通報に至るまでのハードルは高い。

 

この対象者の場合も、過去に自殺未遂や、親への暴力も行っている。

いずれも110番通報したが、警察官が来れば大人しくなり

措置入院には至っていない、という経緯がある。

 

だからこそ家族は、俺のような民間の人間に、

金を払って移送を依頼するしか、選択肢がなかったのである。

 

俺が保健福祉事務所の職員に

「今は、保健師による自宅訪問を積極的に行う自治体も増えているが

こちらの市では、職員が動いてくれるのは、どのようなケースか」と尋ねると、

 

「家族がいなくて、身寄りもないようなケースですね」

と、またもや即答された。

 

これは裏を返せば、「家族がいるなら、全部、家族でやってください」

と言っているようにしか、聞こえない。

現にこの職員は、俺の横にいた対象者の家族に向かって、

自信を持って、「すべて家族でやってください」と言い放ったのだ。

 

精神保健福祉法には、

たとえば第34条の都道府県・指定都市による移送や、第22条の一般申請など、

保護者の相談に応じて行政が介入しなければならないと明文化されている条文もある。

それについても尋ねてみたのだが、

「一切、やりません」「とにかく110番通報を」と回答された。

 

これらの条文が形骸化しつつあることは、分かっていたことだが

ここまではっきり言われると、驚きを越えるものがある。

 

本質だけを取り上げれば、「すべて事件化せよ」ということに他ならない。

警察を窓口にして医療につなげろというのは、そういうことである。

 

警察が事件や事故を扱うところであるという事実を、

当該主管行政機関である保健所(保健福祉事務所)が、

自分たちの都合の良いように利用しているようにさえ、思えてくる。

それにより、何かあったらすべて警察の責任にしてしまおうという、

ずるがしこい危機管理体制すら、垣間見える。

 

その後、俺は役所で言われたとおり、管轄の警察署に相談に行った。

常日頃、役所からすべて丸投げされているせいか、

警察署のほうがよほど、これらの案件に対する体制が、整備されていた。

 

しかしある警察官は、俺のジャーナリストでもある立場を把握した上で、

精神疾患にまつわる問題行動やトラブルの相談が多すぎて、

対応がとりきれていない状態だという現実を、教えてくれた。

 

とくに昨今は、問題を抱える対象者を何とか医療機関につないでも、

短期間で退院となるため、いたちごっこが続いているのだ。

「巡回を強化するのが精一杯で、もはや市民の安全を守れる状況ではない」。

対応してくれた警察官は、そんな本音をもらした。

 

俺は、一連の挨拶回りを終えて、思った。

 

精神保健福祉法という法律があり、

それを読めば、家族が助かる方法はいくらでもあるように思えるが、

実際は、住んでいる自治体(県や市)によって運用の仕方に開きがある。

 

それで、多くの家族が助かっているのであれば文句も言うまいが、

この某県からだって、俺のところに相談の電話をかけてくる家族は、たくさんいるのだ。