現代版わらしべ長者

現代にもわらしべ長者があるとすれば、それは“もの”の交換ではない。どこまでいっても“こころ”のやりとりである。そして、現代における“こころ”の最上級は、鮮度の高い、具体的解決策を伴う「情報」ではないか、という気がしている。

 

「情報なんて今やネットにいくらでもあふれてるじゃん」と思うかもしれないが、どの分野でも、本当にやばい肝のところほど、表に出さないし出せないし出てこない。それは、対面の、空間ではない現実のコミュニケーション、つまり“こころ”のやりとりがなければ、手に入らないものである。

 

実態のある“こころ”のやりとりには、どうしたって痛みが伴う。それもメンタルの痛みではなく、肉体的なキツさだ。なぜなら、実態のある“こころ”のやりとりとは、現実にその人のために行動する、身体を張る、問題解決するということだからだ。自分の時間=人生を差し出すことでもある。

 

だからこそ、ガチでやりきったときには“もの”や“金”以上のものが発生する。ぼけーっと生きていたら知りえることのなかった実態であり、鮮度の高い有益な情報である。それが手に入ると、また誰かのために問題解決ができる。まさに“こころ”のわらしべ長者である。

 

ちなみに我が社で一番のわらしべ長者は、もちろんゴウ会長だ(笑)。